2000年代初頭の百貨店を思い浮かべてみてほしい。ロゴがもう壁紙状態だった。モノグラム柄のキャンバスがバッグの表も裏も覆い、ベルトのバックルにまで絡み合った文字が刻まれていた時代だ。そんな中でボッテガ・ヴェネタだけは違う方向に進んだ。この一点だけで、地方の革工房みたいな立ち位置だったブランドが、今では「アンチロゴって結局どういうことか」を語るときに真っ先に名前が挙がる存在になっている。
正直、この評判の作られ方はけっこう地味だ。派手な事件があったわけじゃない。何十年もかけて同じ判断を繰り返しただけ。でもだからこそ強い。今回はその過程を、できるだけ実際の順番どおりに追ってみる。
ロゴ全盛期、あれは一時の流行じゃなかった
まず前提を揃えておきたい。ロゴを見せないという選択がなぜあれほど目立ったのか。それは当時の「反対側」がとにかく徹底していたからだ。
90年代から2000年代にかけて、大手メゾンのいくつかは成長戦略そのものをロゴの視認性に賭けていた。ボッテガ ヴェネタ モノグラムのキャンバスバッグが「入門編の高級品」として選ばれた理由は単純で、ロゴが営業マンの代わりをしてくれるからだ。買う人は革の質なんて気にしなくていい。柄さえ見れば他人が気づいてくれる、それで十分だった。
この戦略、しばらくはうまく回った。ただ副作用もあった。印刷されたロゴってコピーが簡単すぎるので、模倣品が市場にあふれた。2000年代半ばになると、一番有名なモノグラムのいくつかは本物も偽物も混ざりすぎて、逆に「量産品っぽさ」のサインになってしまっていた。
ボッテガはそもそもこのレースに参加すらしていなかった。参加しなかったこと自体が、あとになって物語になった。
実際に評判を作った、地味だけど固い決断
スローガンひとつで評判なんて生まれない。何年も同じ選択を続けたから固まったものだ。ここでは特に効いた判断を挙げておく。
イントレチャートの編み込み。これがボッテガ・ヴェネタのほぼ唯一の視覚的な署名になった。もともとは革の端材を無駄にしないための工夫で、デザインの飾りとして始まったわけじゃない。ただ、この技術自体が手間もスキルも要るせいで、「印刷して真似する」というありがちな模倣が通用しなかった。ここは地味に大きい。
もうひとつ。ブランド名を内側にしか入れないという方針。競合が外側にロゴを見せていた時代に、ボッテガは名前を内側の刻印だけに留めた。これ、市場を広げたいブランドとしてはかなり変わった選択だ。街中で誰かに気づいてもらえる、いわばタダの広告効果を自分から手放しているようなものだから。
色味の落ち着きも、長年にわたって同じ方向を支えてきた。とはいえこれは歴代のクリエイティブディレクターによって崩れることもあった。最近のシーズンで大胆な色が出てきても、その色にロゴを合わせることはしない。目立つのは色であって、ブランド表示ではない。そこだけは変わっていない。
ダニエル・リーが火をつけた、という言い方は半分正しい
ブランドはこの立ち位置を何十年も静かに保ってきた。それが業界全体の話題に一気に広がったのは、2018年にダニエル・リーがクリエイティブディレクターに就任してからだ。彼はアクセサリーからレディ・トゥ・ウェアまで、ブランド表示をさらに削り、シルエットと質感と色だけで見せる方向に振り切った。
タイミングも良かった。リーの就任は、それまでの数年間業界を覆っていたロゴだらけのストリートウェア系コラボレーションへの疲れが表面化してきた時期とぴったり重なっていた。ファッションメディアは対抗する物語を探していて、ボッテガにはそれにふさわしい歴史がすでにあった。リーが何かを発明したわけじゃない。すでにそこにあったものに光を当てただけだ、というのが正確なところだと思う。
同じ時期に急いでロゴなしに方向転換した他のブランドが「便乗」と見なされて終わったのに対して、ボッテガだけがそう見られなかった理由もここにある。歴史が伴っていたかどうか、それだけの違いだ。
他のブランドはなぜ真似できなかったのか
| 要素 | ボッテガ・ヴェネタ | 後追いのブランド |
|---|
| 独自技法 | 数十年続くイントレチャート | それに代わる技術がない |
| ブランド表示の歴史 | ほぼ内側のみ | ほぼ外側にロゴ |
| 受け止められ方 | 本物の姿勢 | トレンドへの対応 |
| 参入障壁 | 編み込み技術は簡単には真似できない | ロゴを外すだけなら誰でもできる |
30年間バッグの外側にロゴを配置し続けたブランドが、あるシーズンだけそれを外して「これが本来の姿勢だ」と言っても、正直あまり説得力はない。ファッションの歴史を追っている人ほど、本物の理念と場当たり的な方向転換の違いに敏感だ。
売上は伸びたのか、それとも評判だけの話なのか
伸びた。これは断言していい。ただし評判と売上はタイミングが違う話でもある。業界内での評判は数十年かけてじわじわ積み上がったもので、「アンチロゴ」という言葉が商業的な意味を持つようになるずっと前からあった。売上のほうはもっと最近の現象で、2018年から2020年頃にかけて市場全体を襲ったロゴ疲れと直接つながっている。
親会社のケリングは、ロゴを前面に出す競合の成長が鈍っていた時期に、ボッテガを比較的堅調なブランドとして位置づけてきた。若い高級品消費者が控えめなアイテムを好むようになった、という流れとも重なる。すべての商品ラインが同じように好調というわけではないけれど、全体の傾向としては、この立ち位置が評判だけでなく実際の数字にもつながったと見ていいと思う。
今でも「アンチロゴ」で通用するのか
だいたい通用する。ただしキーケースや財布のような小物と、派手なランウェイ作品とでは話が違う。最近のレディ・トゥ・ウェアに出てくる大胆なシルエットは、ロゴではなく形そのものが目を引く。技術的には「ロゴなし」の定義には合っているけれど、ブランドの歴史を知らない人から見れば、それが「控えめ」に見えるかというと、正直微妙なところがある。
キーケースはその点、いちばんきれいに当てはまる。目に見えるブランド表示はほとんどなく、価値のすべてが素材と作りに詰まっている。一方でランウェイの一点物は、条件だけは満たしていても、評判を築いたあの「静けさ」からは少し外れているように感じることもある。
最後に
ボッテガ・ヴェネタがこの評判を得たのは、近道をしなかったからだと思う。何十年もの内側だけの表示、印刷では真似できない編み込み技術、そして競合のバッグを一目でそれとわからせ、やがて過剰供給に追い込んだロゴ全盛の流れに乗らなかったこと。ダニエル・リーの時代は、業界がちょうどその代わりを探していたタイミングにスポットライトを当てただけで、土台自体はもっと前からあった。同じ立ち位置を歴史なしで真似しようとしたブランドが軒並み便乗扱いされたのを見ると、この評判がどれだけ再現しづらいものかがよくわかる。
よくある質問
ボッテガ・ヴェネタはそもそもなぜ目立つロゴを避けたのですか? イントレチャートの編み込みを視覚的な署名にして、ブランド名は内側にだけ刻む方針を取ったからだ。この選択はクワイエットラグジュアリーが流行るずっと前から続いている。
アンチロゴの評判はダニエル・リーが作ったのですか? 違う。彼が2018年に就任するずっと前からこの理念はあった。彼の時代にブランド表示がさらに削られ、既存の立ち位置に注目が集まっただけだ。
他のブランドはなぜ同じ戦略を簡単に真似できなかったのですか? 何十年も外側にロゴを置いてきたブランドには、イントレチャートのような代わりの武器がなく、ロゴを外すことが本物の理念ではなく場当たり的な対応に見えてしまったからだ。
ロゴを見せない路線は実際にボッテガ・ヴェネタの売上を伸ばしましたか? 伸ばした。親会社のケリングは、ロゴ重視の競合の成長が鈍っていた時期に、ボッテガを比較的堅調なブランドとして位置づけている。
「アンチロゴ」はボッテガ・ヴェネタのすべての商品に当てはまりますか? 完全には当てはまらない。キーケースのような小物にはきれいに当てはまるが、一部の大胆なランウェイ作品は形や色で十分に目を引いている。